親の借金や自死、元夫からの暴力……漫画家の西原理恵子さんは、著書やインタビューでつらかった過去を隠さず発信しています。いまも心の傷と向き合いながら前を向いて生きる西原さんに、女性たちへのメッセージを話していただきました。
「あなたにとって何が大切? 優先順位をつけてみよう」
西原理恵子さんから女性たちへのメッセージ
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西原理恵子さん
「悲しみや怒りが詰まっていた」ふるさと

――西原さんは幼少期にお父様が自死されたり、借金があったりと、大変困難な状況で育ったそうですね。
血のつながった父はアルコール依存症で亡くなり、母が再婚してできた義父はギャンブル依存症のすえに自死しました。でも、当時は困難だとは思っていなかったです。
周囲の友だちにはもっとひどい目に遭っている子もいて、「理恵ちゃんとこはお父さんが殴らんからいいねぇ」なんて言われていました。みんなが貧しくて、女性だけじゃない、子どももお父さんも疲れ果てている。男の子は中学校くらいから夜中に家を抜け出して遊ぶようになって、女の子は若くして無職の男と結婚して16歳くらいから子どもを産んで。働きたくても職がない。狭くて、しまう場所がないから家中に物があふれている。「ここには怒りや悲しみや、どうしようもないものが詰まっている」って感じていました。そういう時代だったというのもあったと思います。
――そういった環境から、上京していったんは抜け出されたのですね。どうしてそれができたのでしょうか。
絵が好きで、絵を描きたいというのがありました。ここから逃げ出せば違うところに行ける、東京に行けば違う人生を送れると思っていました。「このままここにいたら自分が殴られるようになっちゃう」とも思った。
当時、母が働き者でお金を稼いでいたのですが、父が全部取りあげてしまっていました。私が上京して美大を受験する前日に、ギャンブルと借金で、父は首をつりました。あわてて葬儀に駆けつけると、母の顔はボコボコに腫れ上がっていました。私のために用意してくれたお金を父に「出せ」と迫られて殴られたんです。それでも母が死守してくれた全財産140万円のうち100万円を、私の上京費用として母は渡してくれました。

夫からの暴言や嫌がらせに身がすくんだ
――上京後は絵で食べていくために美大に通われたのですね。
いざ入ってみたら、才能のある子ばかりで、自分は最下位で、美術では絶対にやっていけないと自覚しました。打ちのめされたけれど、私はプライドがないので(笑)、じゃあ何ができるだろう、エロ本ならいけるんじゃないかってことで、出版社にエロ本のイラストカットを持ち込むようになりました。
エロ本のカットを描いては持ち込む毎日は楽しかったです。人生で一番充実していた。日銭を稼いで、少しずつためていくんです。いくら稼いだか、メモに書いてね。誰かにおごってもらうのではなく、自分で稼いだお金がちょっとずつたまっていくことのうれしさがありました。800円や千円のカットを5枚買い取ってもらえたら、帰りに食べるうどんに天ぷらが乗っけられる。3カ月分の原稿料をもらって、それをメモに書いたときのうれしさといったら……。私には絵があったから、ご飯を食べていくことができました。
――その後フォトグラファーの鴨志田穣さん(故人)と結婚、一男一女に恵まれました。
自分の父親がアル中で、旦那(鴨志田さん)もアル中で。本来なら、もし自分の親がDVする人だったら、自分の夫はDVしない人を探さないといけないのにね。
私は「男に頼るから殴られる、頼らなければ殴られない」と信じていて、自分でお金を稼げるようになって「ああもうこれで安心だ」と思っていたのに、アル中の旦那と結婚してしまって、「あいたたた……」ですよ。
夫は殴らなかったんです。殴らなかったけれど、大きな声で何時間も怒鳴ったり、夜中にえんえんと説教したり。当時はインターネットも普及していなかったから、暴言を吐くことや私のお金を全部使ってしまうことがDVだって知識もなかった。
DVって、女性が妊娠出産したり仕事を辞めたりして身動きできなくなったときに始まることが多いんです。私も、当時は子育てで睡眠不足で頭がボーっとして、考えをまとめることができなかった。何より子どもたちが泣いていて面倒をみなきゃいけないのに、相手に口答えしてケンカしている暇が無いんです。向こうは無職だけど、私は子育てして仕事もしている。「いまここでケンカしたら明日のスケジュールが全部ダメになる」 そう思ったら、もう面倒くさいから引きつった笑顔でやり過ごして。
そのときの私は壮絶な寝不足で、判断力が鈍っていて、もう洗濯機の中でグルグル回っているような感覚でした。そこでいったん仕事を休めばよかったのですが、自分の中で「稼がなければ殴られる」と信じている「宗教」を捨てることができなかった。仕事を辞めることはできなかった。
でも、子どもがそろそろ小学校にあがるころから、夫が子どもにもひどいことを言うようになって……。そのとき「もうこの人死んじゃったほうがいいな」って思って。それでやっと別れることを決められました。

「逃げてもいいんだよ」というメッセージを込めて、著書に「バックレ上等」と書いてくれた
――そこで離婚を決意されたと。
いざ別れることになったら、それまで何も言わずに見守ってくれた周りの人たちがバーッと寄ってきて、子どもはしばらくこちらに滞在しましょうとか、弁護士についてとか、いろいろなことを手助けしてくれたんです。兄夫婦も飛んできて、子どもを預かってくれました。
子どもがいる状態で夫に別れると伝えたら、殴られるんじゃないか、殺されてしまうのではないか、そんな恐怖心があって身動きが取れなかったのですが、困難を抱えていた先輩として言えるのは、すぐに離婚できなくても、とりあえず離れることが大事だと。ホテルでも実家でもいい、シェルターでもいいから、1カ月でいいので離れてみて、一緒にいるときとどれだけ違うかということを実感して、離婚を決めてもいいんじゃないかと思います。
まずは「優先順位」をつけて、周りを頼ってみよう
――DVをするパートナーから少しでも離れると、判断力も戻るかもしれませんね。いま、大変な環境、困難な状況にいる女性たちに、西原さんからのアドバイスやメッセージはありますか。
冷静に優先順位を1から3までつけてください。10までとか、たくさんつけなくていいです。私はどうしてあのとき優先順位1位が「DVする旦那」だったんだろうって後悔してます。
まず自分を大事に、自分の好きなものを大事に。あなたに不快な思いをさせる人と一緒にいることはない。優先項目のために何を準備しなきゃいけないか考えてください。
たとえば、家を出たくて、働ける状況であれば、アルバイトとかして引っ越し資金を貯めたら、気持ちがすごく楽になります。私は独身の当時、30万円ためて引っ越して無職の彼氏と別れることが目標でした(笑)。

――公的な支援や相談センターを頼るのはどうでしょうか。
実際に大変な状況にある女性たちは「洗濯機の中にいる」わけだから、役所に電話して、予約取って、というのはなかなか難しいです。本人自身の心に問題を抱えている人もすごくいるし。だから、いままだ大丈夫な状況にいる人たちは、支援や制度について知っておくことが大切なんじゃないかな。女の子の口コミほど確かなものはないです。非常に正確で素早い。SNSどころじゃないんです。正しい知識をちゃんと受け取れる女性というのはたくさんいます。「こういうときはこういうところに行きましょうね」というのを、友達がちゃんと教えてくれるというのがいいのではないでしょうか。今はネットもあります。変なサイトとかを見ないで、それこそちゃんとした公的なところのサイトを見てね。
生きていると、落とし穴に落ちたり「事故」に遭ったりすることもあります。そういうときに専門家の意見を聞くことほど確かなものはありません。まわりの友だちからそうした困難な状況にある女性に、ぜひ教えてあげてほしいです。ドクターとか地域とかまわりの人とか、みんながチームになってプロが支えていかないと。女性の生活や人生は再生がすごく難しいですから。
私は弁護士さんと話をして夫がしてきたことを時系列に書き出して、「これはDVです、証拠が無くても大丈夫ですよ」と言ってもらえたし、精神科の先生に話を聞いてもらって「まず自分を大切にしてください」と眠れる薬を出してもらえて、ようやく行動できるようになり、立ち直ることができました。

この間うちの息子が居酒屋で女性客から、「彼氏に殴られている」と打ち明けられて。息子が「お母さんどうしよう」と電話してきたので、シェルターなどにつなげてくれる相談窓口の連絡先を教えさせました。女性だけじゃなくて、男性だってこういうことを知っていたほうがいいですよね。
私も、いまでも精神科に通って薬をもらっています。昔のことを思い出して眠れなくなって、どんどんみんなが嫌いになって、自分が嫌いになって、押しつぶされてしまいそうになるときもある。そういうときは精神科の先生に出してもらった薬に頼るし、先生に家族のこと、自分のこと、ぼそぼそしゃべって相談しています。精神科に通うことで立ち直れたし、専門家の知識って、びっくりするぐらいちゃんと自分に伝わるんです。医者でも弁護士でも、専門家の意見を聞くのと素人の考え方は全然違う。だからぜひまわりの人や友だち、そして専門家を頼ってほしいです。誰かとアクセスしているだけでも、メンタルが全然違ってきます。
生きている限り、さまざまな困難があります。でもまずは優先順位をつけて、そして自分を大切に。いまの状況を、自分の身を守りながらどう良い方に変えられるか、考えてみてください。
<プロフィール>
さいばら・りえこ/1964年生まれ、高知県出身。武蔵野美術大学在学中より漫画家として活躍。グルメレポート漫画のヒットで一躍有名になる。家庭の貧困で苦労した生い立ちや、アルコール依存症に苦しむ鴨志田氏との生活など壮絶な人生を軽妙に描いた作品で知られる。97年に『ぼくんち』で文藝春秋漫画賞、2005年に『上京ものがたり』、『毎日かあさん』で手塚治虫文化賞短編賞など受賞多数。
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