女性支援新法
さまざまな困難を抱える女性を支えるため、超党派の議員らによって2022年5月につくられた法律。施行は24年4月から。これまでの女性支援のための法律は1956年にできた売春防止法をもとにしており、「女性に売春をさせないため更生させる」という考えがベースにあったが、女性支援新法では女性本人の意思を尊重し、日常生活に困難を抱える女性を幅広く助けていくことをめざしている。
多様化・複雑化する困難に、ネット上の攻撃も
女性支援新法施行から2年 困難な状況にある女性を支えるには
- #その他
女性の福祉や人権の尊重を規定した「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」(女性支援新法)が施行されてから、もうすぐ2年になります。DVや貧困、予期せぬ妊娠など、女性を取り巻く困難にはさまざまなものがあるうえ、昨今はSNSなどネット上での攻撃も加わり、状況はますます多様化・複雑化しているといいます。女性の人権を守るための法整備に長年にわたり貢献してきた戒能民江・お茶の水女子大学名誉教授と、SNS上の偽・誤情報問題に詳しい山口真一・国際大学准教授にお話をうかがいました。
家庭での虐待や社会での孤立……複雑に絡み合い「複合化」する女性の困難
戒能民江さん
――最初に戒能先生にお尋ねします。現代の女性たちが抱える「困難な状況」とは、どのようなものがあるのでしょうか。
戒能:中長期にわたり女性たちが共に生活しながら支援を受けていく女性自立支援施設でのケースを見ていますと、昔からある困難と、現代的な困難の二つがあるように思います。
たとえば、経済的な困窮や貧困というものは、ずっと前から存在していた問題です。一方で、実親や親の再婚相手からの性暴力など、ずっと以前からあったのに隠されてきて、最近になって表面化してきた問題もあります。家庭に問題を抱え、学校でいじめに遭い、不登校になって学校を中退してしまう。就職活動がうまくいかず非正規の職場を転々として貧困に陥る。これらにより自己肯定感が低くなり、人間関係を作るのが苦手になってしまい、性暴力の被害にもさらされてしまう。性暴力によって妊娠した場合病院にも行きづらく、より一層社会的な孤立を深めてしまう……。中高年になっても、年金が少なく貧困のなかにある。これは一つのケースですが、このように困難な状況というのは一つではなく、多様化・複雑化した困難が人生の中で重なり合うように起きていく。困難な状況が複合化しているということが多いです。
これまでは適切な支援につながりにくく、所持金が50円しかないなど、ギリギリの状況になって女性たちが支援の場に駆け込んでくるということがありました。
また、昨今は外国人女性や障害がある女性が直面する困難も、多くあります。
――若い世代の女性たちが置かれている状況の特徴はあるのでしょうか。
戒能:支援団体にたどり着く女性たちの声を聞いていると、「死にたい」という願望が強いです。「死にたい」まで強い言葉を使わずとも、「消えたい」とネットに書き込む人は多いです。
リストカットやオーバードーズ(OD、薬の過剰摂取)などの自傷行為がやめられない、すなわち精神の健康を害している人も多いです。背景にはやはり家庭の問題や将来の不安が大きく影響しています。子どもの頃に虐待などで心の傷を受けたのに、適切なケアを受けないまま大人になっている人が本当に多いのだなと感じています。
経済的困窮と社会的孤立から性風俗の世界に取り込まれ、売春を強要されるなどの深刻なケースもあります。困難な状況には男性も陥ることがありますが、女性には妊娠など女性固有の問題がありますし、収入面でも女性のほうが低くなりやすい。性被害にあうのも女性が多いのが実態です。社会にいまだに「女性は結婚したほうが幸せ」「妊娠出産こそが喜ばしいこと」といった偏った価値観があることも、女性の困難を見えづらくし、生きづらさを深めています。
若い女性を支える女性支援団体の多くは都会に集中しており、地方の女性はなかなか支援につながれません。また、都会の支援団体も数が足りていないのが実情です。
「極端な人」の正義感から生まれるネットの誹謗中傷
――戒能先生から女性支援団体のお話がありましたが、昨今は困難を抱える女性や女性支援団体がSNS上で誹謗中傷を受けるという事案が起きています。昨年は女性支援団体がSNSで攻撃を受け、活動が難しくなるなどの出来事がありました。このような事象について山口先生はどうお考えですか。
山口:以前ネット炎上について研究をしたところ、攻撃的な投稿をしている人の大半が、「許せなかったから」とか「失望したから」といった、いわゆる正義感で攻撃しているということが分かりました。ふざけて、とかストレス発散で投稿しているというよりは、「自分が正しい」「相手が間違っている」という思いでやっているのです。
しかし、この「正義感」とはあくまで個人の持つ正義感であって、社会的正義ではありません。1億人がいたら、1億通りの考え方があるのですが、自分こそが正しいという極端な考えのもと相手を攻撃しているのです。
困窮する女性や女性支援団体が攻撃を受ける要因の一つには「ずるい」という思いが根底にあるからだと思います。「自分たちはこんなに大変な思いをしているのに、お前たちは支援を受けていい思いをして、ずるい」という考えです。生活保護を受ける人や、在日外国人への攻撃と同じ理由です。
また、性暴力などの被害者の方を「落ち度があったから被害に遭ったのだ」とバッシングするという現象も、昔からあります。人は、この世界は公正であり、人の行いには相応の報いがあると考えがちです。この心理的傾向は「公正世界仮説」と呼ばれる認知バイアスです。その結果、被害者にも悪い点があったのだと非難するのです。
一方で、私の研究では、ネット炎上においてそのように相手を攻撃する人というのは、ネットユーザー40万人のうち1人ということがわかりました。0.00025%という、非常に少ない人たちの声です。SNSでは極端で強い思いを持っている人が大量に発信して、そうでない人たちはあまり発信しませんので、極端で強い意見が目につくようになっているのです。また、強い言葉で炎上させることで閲覧数を増やし、お金を稼ごうという人たちもいます。
戒能:女性たちや支援団体を攻撃している人たちは、支援に公的な資金が流れているのだから、すべてをつまびらかにしろと要求していましたが、シェルターの場所や女性の個人情報などにつながってしまうので、女性の安全のためにはすべてを公開するというのは難しい。攻撃の影響で、自治体が団体を支援することに消極的になってしまったこともありました。ただ、女性たちにとってもネットやSNSは大事な情報源です。AIチャットを使って支援窓口を知ったという女性もいました。
――どのようにしたら「フェイク」と「ファクト」を見極め、SNS上にある大量の情報を判断できるのでしょうか。
山口:ネット上、SNS上にはキラリと光る興味深い情報もあれば、とんでもない誤った情報や、真偽不明の情報など、本当に色々なものがあり、玉石混淆(こんこう)です。
私がいつも申し上げているのは、「人はフェイクに騙される」ということです。私の研究では、フェイク情報を見聞きして、その情報が誤っていると判断できた人はたったの14.5%しかいませんでした。51.5%の人は正しいと思っており、34.0%の人は「わからない」と回答しました。年代による違いもありませんでした。ですから、謙虚な気持ちで情報空間に接して、自分も騙されるかもしれないなと常に思いながら見ることがとても大事なのです。
そして、ネットで見た情報を拡散したくなったら、そのときだけでも本当かどうかをチェックする癖をつけてほしいです。その話をしている人はその分野の専門家なのか、とか、一次情報は何なのか、などです。でも、検証してもわからないことって、世の中にはありますよね、そういうときに私たちが取るべき行動は「拡散しない」ということです。わからなかったらそのままにしておく、これが、すべての人が過剰な情報発信力を持っている時代だからこそ、大事なことだと思います。
戒能:ネットで情報を得るのなら、公式のものも見てほしいです。女性支援新法で言いますと、厚生労働省が「あなたのミカタ」というサイトを運営しています。どういう支援をしているか、どんな人たちが支援しているのか、そこに行くと自分はどんなことをしてもらえるのかなどの情報が載っていますので、ぜひ見てほしいですね。
山口:戒能先生のおっしゃる通り、ネット・SNSは悪いことばかりではなく、声を上げたり、マイノリティーの人同士や、困難を抱えた女性同士がつながれたりするという側面もあります。自分だけではないのだと思うことができます。相手が女性になりすましている危険性などもあり注意が必要ですが、ネットにプラスの側面があるということは間違いありません。
困難はあなたのせいじゃない 自分を大切に、相談を諦めないで
――女性支援新法が施行されてから今年で2年目になりますが、振り返っていかがですか。
戒能:まだ部分的ではありますが、法律ができたことによって社会に大きな力を与えていると感じています。たとえば、自治体で居場所づくりに取り組むところが増えてきています。ネットの世界だけでなく、リアルな関係も必要で、何に困っているかわからなくても、寂しいとか悲しいとか嫌な感じがするとか、そういったことを、そこに行けばお茶を飲みながら誰かと率直に話せる場所というのは必要です。
DV被害者などのための通所施設をつくった自治体もあります。DVを受けているからと言って誰もがすぐさま家を出られるわけではありません。経済的なことや子どもの学校のことなど、事情はさまざまです。そんなときに通いで相談できる施設があるというのは、当事者中心の支援のあり方だと思います。
まだまだ自治体によって温度差があります。各自治体にはこれからもっと地域の協力を得ながら、一歩踏み出す施策を考えてほしいと思います。
――最後に、困難な状況にある女性たちや、支援する人たちへのメッセージをお願いします。
山口:ネット・SNSの普及で「人類総メディア時代」になり、誰もが自由に情報発信できる時代だからこそ、他者を尊重するというアナログで当たり前のことが一番大事だと思います。自分がやられて嫌なことを相手に言わない。皆がこれを出来ていれば、本来誹謗中傷など起こりません。
今回はネット・SNSの話をしましたが、背後に見えるのは人間の本質です。他者を尊重し、自分も尊重するという人としての生き方が、この高度情報社会でますます大事になってきていると思います。
戒能:「他者も自分も尊重する」、本当に大事なことだと思います。女性や子どもの問題だけでなく、すべての人に「自分は大切な存在なんだ」と意識してほしいです。自己肯定感を持ってほしい。
困難な状況に陥って、「それは自分が悪いんだ」「自分のせいだから自分でなんとかしよう」として、けれどもどうしていいかわからず、最後は途方にくれてしまうという人がいないようにしないといけない。またそのような人たちは「自分には相談する資格がない」とよく言います。「性暴力に遭った自分は汚いから、支えてもらう資格がない」とか。
困難な状況になってしまったのは、あなたのせいじゃないです。女性支援新法は当事者の意思を尊重して当事者を真ん中に置くことをスローガンの一つとしてつくられました。支援団体も自治体もがんばっていますので、どうかそれらにアクセスしていただき、悩みや生きづらさを率直に話すということから、始めていただけたらと思います。あなたの相談に乗ってくれる相手は、必ずいます。そして若い世代を中心に社会の偏見や差別、思い込みから解放されて、皆が生きやすい社会になっていくことを望んでいます。
<プロフィール>
かいのう・たみえ 1944年、旧満州生まれ。お茶の水女子大学教授などを経て、同名誉教授。日本女性学会代表幹事、ジェンダー法学会理事長などを歴任。性暴力禁止法をつくろうネットワーク共同代表などを務める。女性支援新法の整備を理論面で支えるなど、成立に尽力した。
やまぐち・しんいち 1986年、東京都生まれ。博士(経済学)、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。厚生労働省「年金広報検討会」や内閣府「AI戦略会議」など、多数の政府有識者会議の委員を務める。電気通信普及財団賞など数々の賞を受賞。
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