福島県白河市にあるKAKECOMI。室内はくつろげる雰囲気になっている
――まずは、自己紹介をお願いします。
鴻巣麻里香です。福島県で非営利団体KAKECOMIを運営しながら、ソーシャルワーカーとして、さまざまな困難を抱える女性と子どもの支援に携わっています。
――鴻巣さんが代表を務めておられるKAKECOMIについて教えてください。
KAKECOMIをつくるきっかけは、ある女性との出会いでした。その女性は家庭内DVの被害に苦しんでいましたが、行政の指導に従って避難するという選択ができずにいました。目の前の暴力からは逃げたいけれど、避難するとなると外部との連絡は絶たれ、住所を失い、仕事を辞めなくてはならず、子どもも学校に通えなくなってしまう。身の安全と引き換えに奪われるものはあまりに多く、その決断は彼女にとって酷なものでした。
「日常の中に、ほんの数時間でいいから家から離れて安心して過ごせる場所があれば、冷静になって自分のこれからについて考えられるのに」。彼女が発したこの言葉はあまりに切実で、私の胸に強く残りました。もちろん緊急性が高く、早急に避難が必要なケースもあります。しかしそれより前の段階として、守られているけれど孤立することはなく、社会と繋がったままでいられる場所が必要なのではないか……。そんな思いを形にするべく、2015年、「安全なかけこみ寺」であり、「地域のコミュニティと繋がっていられる場所」として、KAKECOMIを立ち上げました。
週1回開いているこども食堂には、何人もの子どもたちや女性たちがやってくる
――具体的にはどのような支援を行っているのでしょうか。
KAKECOMIでは、主に3つの活動を軸としています。
【シェルター】
安全を必要とする女性と親子の避難先として、福島県県南地域でセーフティシェアハウスを運営しています。現在シェアハウスは満室ですが、空室が生じたらWEBサイトなどで告知予定です。
【こども食堂】
誰もが安全に過ごせて、お腹がいっぱいになる場所として、「まかないこども食堂 たべまな」を毎週月曜日の午後から夜にかけて開放しています。子どもは無料、大人には、好きな額を支払うカンパをお願いしています。
【ソーシャルワーク相談室】
子育てや生活の悩み、DVやモラハラ、虐待、経済的な困りごとなどの相談に、ソーシャルワーカーとしてお答えしています。詳しくはWEBサイトをご覧ください。
――これまでにどんな人たちが利用し、サポートを受けてこられたのでしょうか。
家庭内DVに苦しんでいる方や、経済的な理由で住む場所が見つからないけれど、行政の支援の対象から外れてしまう、望むような支援が受けられないなど、国の制度の隙間で苦しんでいる方の利用が多いです。入居中の生活は基本的に自由で、シェルターから職場や学校へ通う方もいます。ここでの安全な生活を足がかりとして、働いてお金を貯め、新しい就職先や住居を見つけて自立された方もたくさんいらっしゃいます。
こども食堂には、学校に行けない子、ふらっと遊びに来たい子など、いろんな子が来てくれます。子どもたちには、料理の手伝いや他の子の勉強のサポートなど、各々が自分にできることを提供する「まかない」をお願いしています。自分の行動が誰かの役に立つ、良い影響を与えるという経験を通して、それぞれが対等に関わることのできる空間になっています。女性の大人の利用者もいらっしゃいます。子どもにとっては、親でも先生でもない、名前で呼べる大人の存在というのは珍しいので、ここでの交流が貴重な経験になっているようです。
――現代の女性が抱える困難な問題には、どのようなものがあるのでしょうか。
生活環境、経済状況、病気や障害の有無によって各々の女性が抱える問題は異なってくるため、一概にはお答えしにくいのですが、たとえば過疎高齢化の進む地方都市では家父長制がいまだ色濃く残っているところが多く、「女の子は高校を出たら家を手伝う」「地元で結婚し、子どもを産んで家事労働に従事する」などといった考えにより、女性の自己実現が阻まれているという実情があります。親から受け継いだ土地もあり、家もあり、飢えることもない。こうした一見豊かに見える地方都市の光景の中で、女性と子どもが犠牲になっている現実がある。女性を都合よくコントロールするという支配関係の中で、家庭内DVなどの問題が多発しています。
――なぜそれらの困難が起きてしまうのか、背景についてお考えをお聞かせください。
地方都市での女性の生きづらさも、首都圏における女性の生きづらさも、背景にあるのはジェンダーギャップであり、性差別です。「女性は結婚し、子どもを産んで、家庭の中の労働力として働くべき」という世の中の仕組みが、女性からそれ以外の選択肢を奪い、抑圧し、搾取していると感じています。
鴻巣さんの著書や、女性、子どもに関する本が並ぶKAKECOMIの本棚
――鴻巣さんはご著書『わたしはわたし。あなたじゃない。10代の心を守る境界線「バウンダリー」の引き方』で、自他の間に引く境界線「バウンダリー」の大切さを訴えています。「バウンダリー」とは何なのか、あらためてお聞かせください。
バウンダリーとは、「私」と「私以外」を分ける目に見えない心の境界線のこと。他者にバウンダリーを踏み越えられたり、反対に誰かのバウンダリーを踏み越えてしまうと、「私」と「私以外」があいまいになり、人間関係におけるトラブルの原因になったり、DVや人権侵害などの深刻な事態を引き起こしてしまったりすることもあります。
――「バウンダリー」がなぜ困難な問題を抱える女性たちを守ることにつながるのか、ご説明いただけますか。
バウンダリーの線引きがしっかりできていると、「自分を苦しめる環境」と「自分自身」を明確に分けて考えることができます。自分に対して加害的な態度をとる相手の要求に対してノーと言ったり、事態が深刻な場合は物理的に距離を取ったりするなど、具体的なアクションを起こすためのスイッチを入れることもできるようになります。反対に、バウンダリーが侵害されていると、他者からDVを受けている状況でも、「これは私のせいだ」「私はこのままでいいんだ」「ここから逃げることは許されないんだ」という思考に陥ってしまう。バウンダリーは、心を守るためにとても大切な概念なんです。
――「バウンダリー」をうまく引くためのコツを教えてください。
バウンダリーは、行動によって引いていくものです。行動を起こすためには、まずは自分の気持ちを大事にすること。「こういうことをされると嫌だな」「この人といるとモヤモヤするな」と言った小さな違和感を気のせいだと押し込めてしまわず、「私はこう感じているな」としっかり耳を傾けることが大切です。その過程で誰かに対して罪悪感があるときは、自分のバウンダリーが揺らいでいるサイン。無理に否定せず、まずは「ああ、私は罪悪感があるんだな」と認めてあげてください。気持ちというのはごまかすほどに大きくなり、認めてあげた途端にスーッと落ち着くことも多いものです。
普段から、安全な関係性のなかでノーという練習をするのもおすすめです。たとえば、友人から誘われたけど気が進まないときなどに、勇気を出して「ごめんね、今日は行けないんだ」と言ってみる。安全な関係性が築けている相手なら、「そうなんだ、じゃあまた今度ね」と問題なく受け入れてくれるはず。こうして「自分はノーと言ってもいいんだ」と感じられる体験を積み重ねていけば、いざというときに動きやすくなります。
――今、困難な問題を抱えてつらい思いをしている女性たちへのメッセージをお願いします。
あなたが抱えている困難は、たいていの場合、あなたのせいではありません。社会構造のせいなんです。原因が世の中にあるということは、世の中を変えれば状況は変わるということ。あなたが困りごとを私たち支援者に相談すると、その声は必ず行政に届きます。あなたが声を上げれば、風穴を一つ開けることができる。その穴が大きくなれば、行政を動かすこともできる。そういうふうに考えていただけたら嬉しいです。
とはいえ、救いを求めていった支援の場でバウンダリーの侵害が起きてしまうことも残念ながら少なくありません。もしもあなたが支援者に対して「本当にこの人を頼っていいのかな?」とモヤモヤを感じたなら、相手の要求を飲まなくても大丈夫。「支援者って、バウンダリーを踏みがち」という言葉を常に頭の片隅に置きつつ、別の支援者を探すなど、自分を守る方向へ舵を切ってください。あなた自身の声を、あなた自身の幸せのために使ってくれる支持者はきっといるはずです。
――女性たちへの支援はどうあることが望ましいのか、支援者側へのメッセージもいただけますか。
上述したように、支援者は、当事者をコントロールしかねない危うさを抱えた仕事であるということは意識すべきだと思います。忘れてはいけないのは、支援者も視点を変えると当事者になりうるということ。私自身、支援者として活動してはいますが、大きな病気をしたときは支援を受ける側でしたし、現在も世間的に見ればフリーランスのシングルマザーというマイノリティでもある。支援とは、支配ではなく、対話によって信頼関係を築いていくべき関係であるという意識を持つことが大切だと思います。
KAKECOMI
『わたしはわたし。あなたじゃない。10代の心を守る境界線「バウンダリー」の引き方』(リトルモア)
<プロフィール>
こうのす・まりか/1979年生まれ。精神保健福祉士、スクールソーシャルワーカー。2015年、非営利団体KAKECOMIを立ち上げ、こども食堂とシェアハウス(シェルター)を運営する。著書に『思春期のしんどさってなんだろう?』(平凡社)、共編書に『ソーシャルアクション! あなたが社会を変えよう!』(ミネルヴァ書房)。